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長野地方裁判所 昭和40年(行ウ)4号 判決 1969年12月25日

原告 堀内袈裟栄

被告 上山田町

訴訟代理人 高橋正 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一  被告が、上山田都市計画上山田土地区画整理事業の施行者として昭和三九年一〇月一七日、原告に対し、同人所有の本件土地に対する仮換地を別紙(二)記載の如く指定し、その頃原告にその旨通知したこと、原告は同年一一月一七日長野県知事に対し審査請求をしたこと、本件土地が農地であり、原告がこれを利用して農業を経営していること、本件土地に対する右仮換地の指定に当り、別紙(二)記載のとおり減歩がなされたことは当事者間に争いがない。

二1  原告主張の取消原因の(一)について

原告は、法八九条一項に規定する地積の照応とは、従前地と換地の各地積が同一であることを意味するもので、地積を減ずるいわゆる減歩は所有者から無償で土地を取り上げる違法なものであると主張する。

しかし、法二条一項によると「「土地区画整理事業」とは、都市計画区域内の土地について、公共施設の整備改善及び宅地の利用の増進を図るため、この法律で定めるところに従つて行われる土地の区画形質の変更及び公共施設の新設又は変更に関する事業をいう。」とされ、土地区画整理事業においては、道路、公園、広場等の公共施設の新設、拡張が行なわれることを当然に予定していると解せられ、従つて、右公共施設の用地に充てるため計画区域全体としては相当大量の地積の宅地の提供を求めざるをえない結果、仮換地および換地として充てうる土地は総面積において減少し、従前の土地と同面積の仮換地もしくは換地を指定することは事業上不可能というべく、明らかに法自身減歩を予定しているものというる。この前提に立つて法八九条一項の規定を考察すれば、その照応たる文言に徴しても右条項に規定する各事項を個別的にまた総合的に比較考量して従前地と仮換地もしくは換地が大体同一条件にあると認められるような処分をすべきことを要求しているものと解すべきであつて、原告の主張の如く全く同一地積の土地を仮換地もしくは換地とすべきことを要求しているものと解すべきではない。

また、右のように、区画整理事業によつて公共施設が整備されるとともに、土地区画や形質が整備変更される結果、地区内の土地の利用価値は増大することが一般に予想されるところであり、もし、従前地と換地との間に不均衡が生ずると認められるときは、清算金の徴収または交付により(法九四条)、金銭的に清算する余地が残されていることを考慮すると、減歩によつて国民の財産を無償で収用することとなるとの主張も失当というべきである。

次に、原告は、特に農地として使用する場合等土地区画整理事業によつてその土地利用上特段の恩恵をうけえない場合には、減歩は違法であると主張する。しかし、土地区画整理事業は、都市計画区域内の土地について健全な市街地の造成を図り、もつて公共の福祉の増進に資する(法一条)ために市街地造成に必要な土地の宅地化および宅地利用の増進を目的とするものであるから、都市計画整理地域内にとり入れられた土地は、たとえ農地であり、引続き農地として使用を継続する意図であるとしても、所有者等の権利者が該地域内に換地を得ようとする限りにおいては、宅地としての評価をうけかつ他の宅地と同じ条件による減歩をうけることは当然といわなければならない。したがつて、この点についての原告の主張も失当である。

2  原告の主張の取消原因の(二)について

(一)  原告は、まず本件減歩が農地利用上の特性を顧ることなくなされた過大なもので違法であると主張するが、農地について宅地と同じ条件による減歩がなされても違法ではないことは前記説示のとおりであり、また本件土地についてなされた減歩の割合が他の宅地のそれに比して過大でないことは後記説示のとおりであるから、この点に関する原告の主張は失当である。

(二)  原告、次に宅地と同じ減歩率を適用することが違法でないとしても、減歩率算出の根拠とされた本件土地に対する前評価および後評価が適正妥当ではないと主張する。

本件仮換地の指定にあたり、本件土地のうち字下河原三、三三一番については評価指数五、五〇〇(一坪当り。以下同じ)、同字三、三三六番の一および三、三三七番の一については六、七〇〇との前評価がなされ、仮換地のうち同字三、三三一番および三、三三六番の一については六、七〇〇、同字三、三三七番の一については八、〇〇〇との後評価がなされたことは当事者間に争いがない。

<証拠省略>によると、本区画整理計画における土地の評価は評価式を基本にした折衷式で、いわゆる達観方式を用い、本区画整理地区内の地価の最も高い所、中間の所および最も安い所の三箇所を基準地とし、これをもとにいろいろの要素を比較勘案して評価指数を算出したこと、即ち、本区域内の円山荘旅館前を少し北へ行つた四ツ角を最も地価の高い所としてとらえ、その地点の指数を、売買実例の調査や一般住民の意見を聴取した上、一一、〇〇〇と決定し、他の二点の指数については、右第一基準地からの距離、土地の形状、道路と接する状況等を勘案して指数を定めたものであり、本件土地のうち三、三三七番の一および三、三三六番の一は第一基準地より約三割方価値が低いものと判断し、さらに宅地としての奥行を考慮し、県道添いの部分とその奥の部分とに三分して評価し、県道添いの部分を高く、その奥は奥行に従い順次それより低く評価し、その平均値をとつて六、七〇〇と評価したものであること、次に、整理後の評価指数については、計画進行の過程において、地区内の土地所有者らから平均減歩率を一割五分程度に押えるよう強く要請されたため、整理後の客観的な評価は行わず、平均減歩率約一割六分に合わせて算出したものであること、なお、本件土地についてみれば、従前本件土地が接していた県道の巾員は約六メートルであり、そのうち三、三三七番の一の土地は東西に奥行が長く、三、三三一番の土地は、右三、三三七番の一の土地の西南隅から鍵型にほぼ南東に延びる短冊型の土地で道路には面さず、本件土地は全体として不整形地をなしていたところ、仮換地は、事業執行の結果巾員が一一メートルに拡巾された県道に接し、側溝も整備されたうえ、右土地の南および西の両側にもこれに接してそれぞれ計画道路が開設されることとなり、土地の形状も従前に比し著しく整えられるに至つたことを認めることができ、外に右認定を左右する証拠はない。右認定事実からすると、被告が行つた評価方法は、必ずしも厳密であつたとはいえないところがあるとしても、前評価についていえば、地区内の全土地についての評価基準となる土地を定め、その評価指数を基準として地区内の土地全体との関係において相対的に、各土地について右基準地からの距離土地の形質等客観的要素を考慮し、いわば巨視的な立場からなされた一応妥当な評価額の決定とみるべきであり、後評価については、各土地の価値の客観的な増進率とは一応別個に減歩率の割り振りという形で決定しているが、<証拠省略>の各図面に照らして明らかなとおり、本件土地附近の土地に比し、著しい不均衡を生じているとも認め難いことに加えて、前記認定のとおり、本件土地が区面整理により形状は従前に比し改善され、道路の巾員の拡張や新設により道路との接合状況もよくなり、その土地利用価値が相当に増大したことは否定できないから、本件土地についての減歩率も決して過大なものということはできず、後述するような制度自体に内在する制約等を考慮すると、前記認定の如き評価方法が採られたことも、著しく当を失したものとはいえず、容認せざるを得ないものというべきであろう。

したがつてこの点に関する原告の主張も理由がない。

3  原告主張の取消原因の(三)について

本件仮換地処分は、従前地の公簿上の面積三一五坪を基準としてなされ、いわゆる縄延び部分三三・三坪(被告は三〇坪として抗争する。)は金銭補償の対象とされたことについては当事者間に争いがない。

原告は、いわゆる縄延び部分を減歩率適用の対象から除外し、単なる金銭補償の対象としたことは違法である旨主張するので考えるに、土地区画整理事業の施行に当り、従地の実測の結果に基いて換地処分をすることがより妥当な結果を生ずるであろうことはいうまでもないが、実際問題として、区画整理は、通常相当広大な地域にわたつて行われるものであるから、その地域全域を一筆ごとに実測することは不可能ではないとしても、これに要する費用および時間等を考慮すると、この制度の目的に照らしても、このことが常に絶対的に要請さるべきかについては疑問があり、他に適当な代替措置をもつてこれに代ることが許されないものとは解されない。

ところで、<証拠省略>によれば、本件土地区画整理事業の換地計画における従前地の地積の決定については、上山田都市計画上山田土地区画整理事業施行規程(昭和三一年条例第四号)一九条一項に、「換地計画において、換地を定めるために必要な従前の宅地各筆の地積は、法第五十五条第六項の規定による事業計画の認可の公告があつた日から起算して二週間を経過した日現在の土地台帳地積(括弧内省略)によるものとする。但し、土地台帳地積と宅地の実測地積が著しく異なつている場合においては、町長は、これを調査実測するものとし、規則の定めるところによつては、従前の宅地地積を更正して確定地積とするものとする。」とあり、右規程をうけて、上山田都市計画上山田土地区画整理事業施行規則二条は、まず一項として「施行規程第十九条第一項後段に規定する土地台帳地積と実測地積が著しく異つている宅地とは左の各号に該当するものをいう。一実測地積が土地台帳地積より一割五分以上の大量増のある宅地、二<省略>」とあり、二項として「前項第一号の場合において、土地所有者の申請により町長は当該当宅地の実測を行うものとする。但し、申請のないものはこの限りでない。実測申請は書面をもつてするものとし、当該宅地の所在を記入するものとする。」とし、第三項には「前項の申請は仮換地指定の日以前にするものとする。但し町長が仮換地指定の日以後においても必要と認めたときはこの限りでない。宅地の実測を申請する土地所有者は、申請書類と同時に実測手数料として左の各号に規定する金額を町に納付しなければならない。<以下省略>」と規定していることが認められるところ、<証拠省略>によると、本件土地区画整理事業においては、右規程および規則に従い、原則として土地台帳地積によつて計画および処分をしたが、一割五分以上の縄延びがある場合には、申請により、実測地積によつて行い、作業の過程において、台帳地積と実測地積との差積が相当大きいと思われるものについては、被告の方から当該土地所有者に右申請をうながすなどして、できる限り実測地積に基く処分がなされるよう取扱つてきたこと、また一割五分に満たない縄延びについては、被告は、当初これを無視して計画を進めていたのであるが、かかる取扱を是認しない趣旨の最高裁判所の判例の出現などで事情が変つたため、昭和三四年以降は、一割五分に満たない縄延びについてその取扱いを変更することとしたが、当時既に本件整理事業はかなり進行しており、すでに仮換地についても売買がなされている状況であつたため、改めて仮換地を変更することは非常な混乱を来すとの判断のもとに、補償金で解決することとしたことを認めることができる(因に、原告の従前地の縄延び部分が原告主張のとおり三三・三坪であつたとしても、その割合は約一割五厘であること計算上明らかである。)

そうすると、一割五分以上の縄延びのある土地とそうでない土地とによつて、その取扱を異にすることとなりその間に多少均衡を失する結果となつていることは否めないが、一割五分に満たない縄延び分については、金銭補償の途がとられているのであつて、広範囲の地域にわたり、相当の期間を通じて全体として画一的処理を必要とする土地区画整理事業の特殊性を考慮すると、右の如き処理方法も已むを得ざるに出た措置といわざるを得ず、本件処分を違法とするまでのものではないというべきである。

4  原告主張の取消原因(四)について

<証拠省略>によると、本件仮換地は、本件土地の一部と他人の所有地とからなる水田である(このことは当事者間に争いがない)ため右は境界線上の畦を境として土地に高低を生じたが、その高低差はたかだか二〇センチメートル程度にすぎないこと、従来、本件土地の附近は南北に緩やかな傾斜をなしており、その若干の高低を利用し南方から北方へ水を流して農耕していたが、本件区画整理事業施行以前から、本件土地の北方の土地が次第に宅地化されてきた結果、既に水が流れなくなつていたこと、本区画整理事業による県道整備に伴い、水路を作つたので、本件仮換地への引水口は一応確保されていること、本件仮換地西北隅付近には土砂がむきだしになつている部分のあることは原告主張のとおりであるが、それは、右土地の西方に続く山道の側面の自然崩壊によるものであつて本区画整理事業によつて生じたものはないことが認められる。右認定に反する原告本人尋問の結果は信用できないし、他に右認定を左右する証拠はない。

そうすると、本区画整理事業より生じた結果としては、本件仮換地中に高低差が生じたことのみといわざるを得ず、この程度のことは、地ならしをして、土地を平坦にすれば、解消することであるから、何ら農業経営を阻害する事由には当らない。さらに、被告が、原告に対し、本件土地の代替地として適当な農地を提供した事実のないことは当事者間に争ないところであるが、<証拠省略>によると、原、被告間の本件仮換地処分をめぐる交渉の過程において、被告が、適当な農地のあつせんの申し出をしたが、原告は本件土地以外の土地では応じられないとして、その申し出を断つたとの事実が認められるから、これらの事柄を捉えて、本件仮換地処分の取消原因とみるのは当らないというべきである。

5  原告主張の取消原因の(五)について

原告主張の取消原因の(五)記載事項については、当事者間に争いがない。

しかしながら、<証拠省略>によると、美吉野荘および円山荘の従前地は、上山田町の市街地の中心部にあり、殊に、円山荘附近は、整理前から区画整理地域内で最も地価の高い所として、その基準地とせられたところであり、右両者とも以前から旅館敷地として使用され、その附近は、市街地として整理前既に道路等もかなり整備されていたのに対し、本件土地は、前記のとおり、不整形な農地であつて、道路との接合状態も悪く、その附近も未だ市街地化が進んでいない情況にあつたのであるから、区画整理の結果として享受する土地の利用価値の増加の程度には、相当大きな差異が存するものと認められるから、前記の如き差異はむしろ合理的なものとして、これを承認すべきである。尤も、<証拠省略>によれば、美吉野荘については、従前地の地積に比し、増加した地積で仮換地処分がなされているが、それは地上建物の移転が困難なことを理由とするものであり、その結果利益を受けることとなつた分については仮清算金を徴収して清算することとしたこと、円山荘について、縄延び部分をも含む地積を基準として仮換地指定処分がなされているがそれは前記上山田土地区画整理事業施行規定、同施行規則による取扱いであり円山荘の場合は縄延び部分が一割五分以上であつたことにもよるのであることが認められるから、これらのことを促えて特に不公平な取扱いをみることはできない。

三  そうすると、原告が取消理由として主張するところはいずれも理由がなく、被告の原告に対する本件仮換地処分は適法なものといわなくてはならない。よつて、原告の本件請求は失当として棄却を免れず、訴訟費用について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西山俊彦 落合威 松山恒昭)

別紙<省略>

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